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表現プラットフォームとしての「メディア」 ~東京・世田谷での実践ケース~

コラム

表現プラットフォームとしての「メディア」 ~東京・世田谷での実践ケース~

2004.07.27

筆者:鷲尾 和彦

『世田谷233』主催・中根大輔氏との対話



鷲尾:「メディアおこし」「コミュニケーションのリデザイン」ってテーマに関するフィールドワークをずっとやってきていて、以前、博報堂が出版している雑誌「広告」で連載が始まってからは、中根さんにも参加してもらって、2人で一緒に色んな人たちに会って来ました。中根さんはその間に『世田谷233』というギャラリースペースを立ち上げて個人や地域の人達と様々な活動を始めた。今回は中根さんが『世田谷233』を実際に運営してきた中で見つけてきたことについて、改めて話しをしてみたいと思います。

中根: 基本的にボックス・ギャラリーというのは、30cm×30cmの箱型の棚をレンタルするもので、写真やイラスト作品を発表しても、手作りの雑貨を販売してもいい。ただ、『世田谷233』では単なる貸しスペースでは起こりえないような新しい動きが日々ある。例えば、個展スペースを使って期間限定のセレクトショップを開く人がいたり、音楽をやっている人と演劇をやっている人がコラボレートしたイベントが開催されたり。正直、自分自身でも想像していなかったくらいなんだ。

鷲尾:初めてここに来た時は、白い箱が並んでいるだけだった。でもいつの間にかいろんな人たちが行き交い、いつも面白いコトが起こっている空間になっていった。それはどうしてなんだろう?

中根:とにかく徹底してこの場所を利用する「個人」に焦点を当てた運営をするっていうことだね。個展スペースやカフェ機能があるとは言え、基本的には小さな箱の集積でしかない。でも僕はここを貸しスペースなんて思っていない、個人がやりたいことを実現するプラットフォームとして考えているんだ。確かに賃料という収益もあるけど、それ以前に様々な「価値」が生まれる場所にしたい。利用者やお客さんにとっての「価値」と同時に、そして僕の人生にとっての「価値」もね。 だから毎日、この小さな箱を借りる人達とどうすればその箱の魅力を高めることができるかについて話している。単純に作品が数多く売れるということではなく、いかにその人らしさが出せるかということ。自分がつくりたいからつくる、欲しいからつくるっていう純粋な動機から生まれるものの方が個性があって面白いし実際にお客が集まる。よく売れるのはそういうものなんだ。ギャラリーに訪れるお客様の性別や年齢層を意識して、それに合わせた作品をつくろうとする人もいるけど、そういうものって率直に言うと面白くないし売れないね。僕はこれだけ個人の嗜好や価値観が多様化する時代の中では、今までのやり方は通用しないって痛感している。個人はもう単なる消費者じゃないし、メディアの一方的な受け手でもない。それは学生でも主婦でも、サラリーマンでも皆同じ。だからこれから必要なのは、モノでもメディアでも、つくる側と受け取る側、もしくは発信する側と受信する側が「一緒につくる」という姿勢や感覚だと思う。

鷲尾: 今は「考えること」と「創ること」が切り離されてしまっている。そこがいちばんの問題だと思う。みんな考えながら創ればいい、創りながら考えればいいんだ。そして中根さんが言うように、相手がいれば一緒に考えて創ればいい。中根さんはこの場所でそれを実践できているから「強い」と思う。

中根: 今、常時120人ぐらいの人がボックスを借りてくれていて、延べ人数で月300人ぐらいがギャラリーに足を運んでくれている。利用者も世田谷近辺だけに限らず日本全国にいる。そういう状況の中でいろんな出会いが生まれるんだよね。その出会いが、新しい作品や価値を作り出すんだよ。で、その作品が展示されることで結果としてこの場所の価値も上がる。人が集まる場所としては、この循環を獲得することが大事なんだ。もちろん僕からも企画を仕掛けていくこともあるし、そのためにWEBやEメールもそれなりの役割は果たすけれど、基本はやっぱり「会って話す」ということだよ。 こういう雑誌で言うのもなんだけど、こういう循環ができると、広告宣伝って要らないんだ。



鷲尾:コミュニケーションって、何らかの価値の交換が行われている場所。「メディアおこし」って実は「脱・広告」っていうことがテーマで、今の時代、あらためて「価値の受け渡し方」と、その時に活かす手段に対してフラット見ていこうというのが趣旨なわけです。どうも広告会社の人間は、コミュニケーションって自分達の仕事だと思っているようだけど、実際にはコミュニケーションが生まれている現場のごく一部しか扱っていない。その比率はどんどん小さくなっている。それは広告枠がスキップされるとかされないとか、そういう現象以前のところの問題だと思う。「価値の受け渡し」に関わっていけるかどうか、ということが問われているのだと思う。 「価値の受け渡し」ついて、これまでの広告という手段だけに捕らわれず、もっとフラットに、もっとニュートラルに、そしてもっと本質的に答えを提案できるか、ということなんだと思う。 そのためには「個人」という視点をもう一度ちゃんと獲得していくことから始めないと、多分駄目なんだと思う。

中根: 今の時代、コミュニケーションっていう言葉が変に横行している気がする。たとえば、うちのギャラリーにいろんな人が来ているのを見て「コミュニケーション・スペース」って言う人がいるんだけれど、コミュニケーションのための場所という意味で使ってるんならおかしいよね。やっぱりコミュニケーションは目的じゃなくて手段だと思うんだよね。うちはご近所の方や子供達がよく遊びに来るから「地域に根づいている」なんて言われることもあるけど、それもちょっと違う。出会った人達と毎日ちゃんと挨拶しているだけの話だよ。

鷲尾: さっき、僕は「中根さんは強い」といったけど、それはまさにそういうニュートラルな発想を実践を通じて語れるからなんだと思う。抽象的なフレームや仕組みを有難がる時代じゃないと思うし。考えて実際に創れる人の中にはもっと具体的で「使える」理論を持っていると思うし。

中根: これだけ機械や装置としてのコミュニケーション・ツールが激増する中で、もう1度コミュニケーションするって何なのかをゼロから見つめ直さないといけない時期に来ているんじゃないかな。コミュニケーションの快楽を企業や機械に用意してもらうなんて、なんだか人として情けないしね。もう一度「コミュニケーション・ゼロ年」から始めようよ。
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中根大輔
1967年生まれ、和歌山県出身。ギャラリー『世田谷233』オーナー。12年勤めたノンバンクを退社後、フリーランスのライター・WEBクリエイターを経て、2003年12月に友人とギャラリー『世田谷233』をオープン。自らもギャラリーを経由してさまざまな情報発信を行いながら、あらゆるものの接点となるべく活動中。映画紹介サイト「D-Movie」や、写真家・若木信吾氏が手がけるドキュメンタリースタイル・マガジン「youngtreepress」のWebサイトも手掛けている。